【沈まぬ太陽】最安値:山崎豊子の不朽の名作「沈まぬ太陽」日本航空の辿った四半世紀とは・・・


こんにちは!コミコミです。
楽しい遠方へのお出掛け…などという時には、飛行機以外の交通手段を選択するのが難しい場合もありませんか?そんな状況でも、私の両親には、かつての体質の時代のJALにはあまり乗りたくないと思っているように見受けられる時期がありました。幼心には両親の忌避具合が不思議でならなかったのですが、大人になり、JALの辿った道を見聞きするにつけ、少しずつ当時の両親の気持ちもわかるような気がしてきました。あくまで当時の話であり、今のJALはありがたく・楽しく・便利に利用させていただいております。
今日は、複雑な道を歩んできた、日本を代表する航空会社、日本航空が歩んだ道の一端と、それを題材に、人の生命にかかわる航空会社の社会倫理を問うた社会派小説「沈まぬ太陽」をご紹介します!

JALこと日本航空は、日本航空株式会社法が1953年に施行されてから1987年に廃止されるまで日本のナショナル・フラッグ・キャリアとされていました。今なお、日本の歴史の節目となるような数々のイベントにてオフィシャル・エアラインとなっています。
そんな日本航空ですが、かつては、「空の安全」をないがしろにした利潤追求第一の経営ではないかと批判されながらも、航空機墜落事故が後をたたず、遂には、単独機の事故として史上最悪の死者を出した日本航空123便墜落事故(御巣鷹山墜落事故)を引き起こしてしまいました。人命を預かる企業として当然の責務を果たせていないのではないか、御巣鷹山墜落事故は会社の体質が引き起こした人災なのではないのか。そのような世間の声と、当時の日本航空社内上層部の気風の隔壁を顕すエピソードがあります。
上記事故を引き起こした1980年代にかけての日本航空の社訓は「お客様への感謝、仲間への共感、時代への挑戦」でしたが、親方日の丸の社風から、社内では「仲間への感謝、時代への共感、お客様への挑戦」と揶揄される始末。

また、日本航空といえば、2010年の会社更生法適用時に、いくつもの労組が対立し合い話し合いが捗々しく進まない様子で世間を驚かせたことも記憶に新しいところです。現在でも、日本航空株式会社には、地上職や整備職、パイロットや客室乗務員などの職種別に、会社側1組合、自主系5組合の合計6の労働組合があります。職種毎に立場や要求が異なるというところまではなんとか理解できても、職種別ではない全体のための労組が2つ、しかも会社系労組が後発でそれら二者が悉くいがみあっているというのは、理解の範疇を超え、組合運動が盛んだった時代にタイムスリップしたような気にさえなりました。

何故そのように複数の組合が成立するに至ったか、そもそも、どのような経緯で、全体のための会社側第二組合が作られたのか、そして実際「空の安全」を軽視してまで利益を追い求めてしまったのか。その体質から変革を遂げる事が出来たのか。そういった歴史を紐解くのにぴったりな小説が山崎豊子「沈まぬ太陽」です。

日本航空をモデルとした国民航空に勤務する主人公恩地元は、最初に作られた労組にて委員長に就任した際、御用系労組からの脱却と本来あるべき労使交渉体制への移行を試みます。それらが上層部の反感を買い、恩地はカラチ、テヘラン、ナイロビへとテレックス一本でたらい回しにさせられます。これらの地域は日本航空自ら「特別地域」と定めた生活困難地域です。日本航空の「海外在勤員の在勤期間基準」によれば、「特別地域」における在勤期間は二年とされており、恩地のように足掛け10年に及ぶというのは懲罰人事以外の何物でもありませんでした。
そのケニアから過去を振り返りつつケニアでの孤独な営業活動での苦しみが描かれているのがアフリカ編。続く御巣鷹山編は被害者の方のお名前は敢えて実名で記されています。マスメディアが多く取り上げた事故直後の内容だけでなく、その後終わりの見えない遺族の苦しみも克明な描写です。

亡くなられた520人の方の声なき声を少しでも表す事ができれば、という筆者山崎豊子氏の気持ちを感じます。乗客の命を預かる会社の安全軽視と、それを容認してしまった社会への「戒めの書」とも言える内容です。当時満足な報道があまりされなかったようである運輸省航空事故調査委員会の調査報告書や、修理製造を担当したボーイング社とのやりとり、日本航空の広報の強引な行動などにも触れられています。私自身は御巣鷹山墜落事故当時の記憶がない世代で、この本を読むまでは、事故名や事故概要をなんとなく知っているような気がしていました。しかし本書を読み、何も知らなかった事に気付かされました。私ごときが何かを書く事もあまりに烏滸がましい。御巣鷹山墜落事故をリアルタイムではご存知ない方にこそ是非手に取って頂きたい一冊だと思っています。
話を「沈まぬ太陽」に戻して…続いては会長室編です。御巣鷹山事件を「人災」として国民航空が生まれ変われるか否かに焦点を当てています。実際にカネボウの会長から日本航空に赴いた伊藤淳二氏も「国見正之」として登場。実際のスローガンでもあった「絶対安全の確立」を掲げ、長年に亘る労組問題の解決や親方日の丸体質からの脱却を計ります。果たして国民航空こと日本航空は変われたのでしょうか。

全編を通しての視点人物である主人公恩地元にはモデルになった人物がいます。元日航職員の小倉寛太郎氏です。恩地と同じく、労組委員長に就いて労使交渉を行なった事で、カラチ、テヘラン、ナイロビを10年たらい回しに。伊藤会長の元、会長室部長に抜擢されますが…

作品中の会社名こそ国民航空という名ではありますが、ここまで日本航空の内部に切り込んだ内容の本は他にはなかなか見当たりません。そんな大作だけに、出版時にも一波乱ありました。人気作家山崎豊子の新作を出したい各出版社も、題材が日航内部に深く切り込んだものであると知ると軒並み手を引いてしまいました。そのような中で唯一手を挙げたのが新潮社。週刊新潮での連載が始まると、日本航空は不快感を示し、雑誌連載中は日本航空機内での「週刊新潮」の扱いを取りやめました。同時に、山崎豊子氏に対し、「沈まぬ太陽」の発行許諾の撤回、映画化、テレビ・ラジオ・ドラマ化の中止、日本航空と無関係の架空の小説であることの告知と、掲載に対する謝罪を申し入れます。紆余曲折を経つつもなんとか無事出版された本書は700万部を売り上げました。

本当にオススメです!
※モデルになった企業と政治家らを末尾に掲載しました※

沈まぬ太陽〈1〉アフリカ篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈2〉アフリカ篇(下) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈3〉御巣鷹山篇 (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈4〉会長室篇(上) (新潮文庫)

沈まぬ太陽〈5〉会長室篇(下) (新潮文庫)

モデルになった企業や、公人である政治家・それに準ずるポジションの方をご紹介します。日本航空社内、関連企業社内の方がモデルになっているものは私人であられる事、諸説紛々である事から割愛しました。

国民航空、国航、NAL→日本航空
新日本空輸→全日本空輸
極東国内航空→当時の東亜国内航空(後の日本エアシステム)
おすたか会→日航ジャンボ墜落事故の遺族会「8・12連絡会」
ボーイング→ボーイング社
自由党→自由民主党
社進党→日本社会党
共産党→日本共産党
関西紡績→カネボウ
国航開発→日航開発(現JALホテルズ)
グランドホテル→エセックスハウス

利根川泰司 →中曽根康弘
竹丸欽二郎→金丸信
十時征成→後藤田正晴
道塚一郎→三塚博
龍崎一清→瀬島龍三(不毛地帯壱岐正としても登場)
安西富貴→佐藤昭子。田中角栄の秘書。
不二→不破哲三

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