【不毛地帯】最安値:三菱を抜いてついにナンバーワン商社!伊藤忠中興の祖、越後正一を支えた昭和の参謀「瀬島龍三」の魅力に迫る!【伊藤忠】


こんにちは!コミコミです。
昨今の伊藤忠商事の躍進は目覚しいものがありますよね。2015年度の最終利益は三菱商事を抜いて総合商社界1位となり、「非財閥の雄」「一対一なら負けない」という立場に留まらず、ついに王者の地位を揺るぎないものにしました。「110」運動(※)、朝型勤務制度の導入による早朝出勤の奨励等、社内の労働環境対策も常に他の企業の一歩先を進んでいます。
※会食は1次会まで、10時までに会食の終了や退勤を奨励する運動
ファミマvsセブンvsローソンといった戦いなどでも身近に感じられる、総合商社の激しい争いをどのようにして制したのか。そこについてもおいおい触れさせて頂きたいと思いますが…

他社に先んずる伊藤忠の躍進を語る上で外す事のできない、伊藤忠変革の立役者・中興の祖となった人物がいます。
戦前、多数の紡績会社を傘下に収める繊維財閥であった伊藤忠財閥。その中核企業であった伊藤忠商事は、当然に繊維商社として勃興し、発展を遂げました。「イトヘン商社のままでは産業の変遷に取り残される」と、1960年代ではまだまだ大きな利益を生んでいた繊維産業中心の体制から、非繊維部門の拡充と海外進出に舵切りをした、当時の社長越後正一です。
彼は、伊藤忠を総合商社に変革するにあたり、戦後長らくシベリアに抑留され、1956年にようやく帰国した、元帝国陸軍参謀瀬島龍三を組織作りのスペシャリストとして重用します。
相場の神様と渾名され、戦後は財閥系商社に食い込むべく「総合化と国際化」のスローガンの元、現在の伊藤忠商事の礎を築いた越後正一。彼を陰ながら支え、繊維商社・伊藤忠の仕組みを総合商社として再編した、元帝国陸軍参謀瀬島龍三とは一体どんな男性だったのか。
今日は瀬島龍三の生い立ちと、彼について書かれた書籍をご紹介します!

瀬島龍三は1911年富山県に生まれ、旧制砺波中学、陸軍幼年学校、陸運士官学校、陸軍大学校を経て、戦前は旧日本陸軍の大本営参謀として作戦立案にあたりました。
終戦間際に満州に渡り、日本降伏後にソ連軍と停戦交渉にあたります。この時の彼の立場は「軍使」であり、国際的に帰国が保証されていましたが、彼はそれを拒み、現地旧日本軍の兵士・士官と共に捕虜になる道を選びます。いわゆるシベリア抑留です。
その期間中、東京裁判ソ連側証人としての出廷の為日本に一時帰国します。ソ連側は、日本への帰還の取引条件として極東国際軍事裁判で昭和天皇の戦争責任を証言するように求めますが瀬島は断固拒否。ソ連側はさらに、天皇の戦争責任を証言をさせようと、家族との面会の話を持ち出しましたが瀬島はこれも断ります。ソ連側はついに、日本で瀬島の帰りを待ち侘びていた家族の所在を突き止め、強制的に連行し面会を強要しましたがこれも拒否。瀬島はまたシベリアに送り返されます。このシベリア抑留は足掛け11年にもわたるものとなりました。
1956年、最後の引揚船で瀬島は帰国。その後はシベリアからの復員兵の就職斡旋に奔走します。自身には自衛隊からの誘いがありましたが、家族の反対もあり断念。1958年に伊藤忠商事に入社します。現在の総合化以前の、繊維商社として名にしおうところの伊藤忠です。瀬島は、越後正一の構想した「総合化と国際化」に欠くことのできない組織編成のために、組織編成のプロフェッショナルとして、越後から三顧の礼をもって迎え入れられました。軍隊の作戦立案も、ビジネス戦略も、「適材適所を考え抜いて戦うという意味においては共通項がある」というのが越後の考えでした。
瀬島は越後の期待に応え、総合化と大幅な海外進出の出来る組織編成に成功、財閥系が完全にシェアを握っていた重工業分野・資源分野にも食い込んでいきます。
越後を中興の祖とした後は、実権のない副会長職や会長職に退きましたが、 1978年、永野重雄日本商工会議所会頭に請われ、日本商工会議所特別顧問、東京商工会議所副会頭に抜擢されて以降は財界活動に手を染めます。1981年、第二次臨時行政調査会(土光臨調)委員に就き、土光敏夫会長のもとで参謀役として「臨調の官房長官」と称され、中曽根政権(1982年~1987年)のブレーンとして政財界にも影響力を持つようになる等、伊藤忠役員を退いたのちも第一線で活躍する面々を陰ながら支え続け、「昭和の参謀」と渾名されました。
その後も、亡くなる間際まで、「クリーンエネルギー提案書」として、美しい国づくりの大テーマとして近未来を見据えた地球温暖化対策、クリーンエネルギーの増加、豊かな良い水を護ることを、政財界の重鎮の連名で提言する事のまとめ役になるなど、最期まで誰かを・日本を支え続けた人生でした。
正直ブログでは書ききれない瀬島龍三の人生ですが、彼の参謀時代~シベリア抑留~伊藤忠退任までにフォーカスしたオススメ小説がこちら山崎豊子「不毛地帯」です。
瀬島を中心に複数のシベリア抑留者をモデルとした壱岐正を主人公とした、実際の社会情勢を色濃く反映した小説です。

伊藤忠での国防・エネルギー戦略、シベリア抑留、それらを通じて資源に泣く日本という国のあり方をえがく超大作です。オススメです!
(モデルと推測される人々の一覧を末尾に掲載しました!)

不毛地帯 第1巻/山崎豊子

不毛地帯 第2巻/山崎豊子

不毛地帯 第3巻/山崎豊子

不毛地帯 第4巻/山崎豊子

不毛地帯 第5巻/山崎豊子

モデルと推測される人々
◇近畿商事の人物◇
壹岐正 →瀬島龍三(山崎豊子「沈まぬ太陽」では龍崎として、「二つの祖国」では実名で再登場します。)
大門一三→越後正一
◇東京商事の人物◇
鮫島辰三→海部八郎
◇朔風会◇
朔風会 →朔北会
谷川大佐→長谷川宇一
◇日本の政治家◇
-壱岐の近畿商事時代-
佐橋総理 →佐藤栄作
巌元総理 →岸信介
田淵幹事長→田中角栄
中根通産大臣→中曾根康弘
-終戦前-
鈴木貫一郎→鈴木貫太郎
久松清蔵→迫水久常
◇官僚◇
石橋次官→佐橋滋(城山三郎「官僚たちの夏」の主人公モデルになったことでも知られる、型破りな官僚です。)
両口企業局長→両角良彦
山之内通商局長→山下英明
大弥次官→大滋弥嘉久
◇商社◇
近畿商事→伊藤忠商事
東京商事→日商岩井(現在の双日)
五菱商事→三菱商事
五井物産→三井物産
丸藤商事→丸紅商事
◇自動車会社◇
アイチ自動車→トヨタ自動車
日新自動車 →日産自動車
千代田自動車→いすゞ自動車
富国自動車 →富士重工業
五菱自動車 →三菱自動車
東和自動車 →東洋工業(現在のマツダ)
キダオート →本田技研工業
◇銀行◇
第三銀行→第一銀行(現在のみずほ銀行)
五菱銀行→三菱銀行
東都銀行→東京銀行(東京三菱→三菱東京UFJ )
富国銀行→富士銀行
大友銀行→住友銀行
輸出入銀行→日本輸出入銀行
日本産業銀行→日本興業銀行
◇アメリカ航空機メーカー◇
ラッキード→ロッキード
グランド →マクドネル・ダグラス
◇アメリカ自動車メーカー◇
フォーク→フォード
ユナイテッド・モーターズ→ゼネラルモーターズ(GM)
グレンスラー→クライスラー
◇その他登場する企業◇
五菱グループ→三菱グループ
山三証券→山一証券
日東交易→東日貿易
島中飛行機→中島飛行機
タクボ工業→栗田工業
中京紡績→林紡績
中京紡績鬼頭社長→林茂
◇石油◇
日本石油開発公社→日本石油公団
国際資源開発→石油資源開発
アラブ石油→アラビア石油
山田太郎→山下太郎
オキシデンタル(オクシー)→オクシデンタル・ペトロリウム

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